KENZOが世界で最も有名な日本人デザイナーの一人であることを解説

こんにちはre:Fashion管理人です。

今回は日本を代表するブランドKENZOと創設者である高田賢三について解説します。

管理人

正確には現在KENZOはLVMHの傘下にあるのでフランス企業になります。

若い人でKENZOというブランドはよく目にするけど詳しくは知らないという方も多いと思います。

実はいち早くパリで活躍した世界でもとっても有名な日本人のブランドなんですよね。

それでは早速解説していきます。

デザイナー高田賢三について

まずは簡単にKENZOの創設者高田賢三のプロフィールを紹介します。

日本を代表する服飾専門学校である文化服装学院が男子入学を開始したことで大学を中退し入学します。

同級生にはコシノジュンコなど日本を代表する錚々たるデザイナーが在籍していたというからすごい時代です。

今では当たり前ですがその時は男性が服飾業界で働くことは一般的ではなかったんですね。

在学中にファッションデザイナーの登竜門とされる「装苑賞」を受賞。

卒業後、日本の企業に就職するが海外渡航が自由化されるとすぐにパリへ移ります。

そこで日本人としては初めてとなる「ジャングル・ジャップ」というブティックをオープン。

「ジャングル・ジャップ」とは日本人に対する差別用語で当時は随分と話題になったそうです。

管理人

本人はよく意味がわからず語呂がいいので名付けたというから驚きです。

そのブティックで発表した和服地を使用したコレクションが女性誌など注目されることとなります。

その後、すぐにパリコレクションにデビューし民族衣装を取り入れた華やかなコレクションがパリで受け入れられます。

そしてイヴ・サンローランやソニア・リキエルと共にプレタポルテを代表するブランドになりました。

ブランドとしては世界中で認められましたがビジネスとしてはうまくいかないこともあり、1993年にはKENZOがフランスの世界最大のファッショングループであるLVMHに買収されてしまいます。

1999年に意見の違いから高田賢三本人は引退されてしまいました。

2020年にコロナウイルスに感染し残念ながらお亡くなりになられました。

プロフィールを見ると男子入学が開始したばかりの学校に入学したり海外渡航が自由化してすぐにパリに渡ったりとどれをとっても新しいことに挑戦していることがわかりますね。

今ではパリコレに参加する日本ブランドも多いですが当時は他にイッセイミヤケなど数えるほどしかない中でその行動力は飛び抜けていたことがわかりますね。

今でいうと月に行くようなものでしょうか。。

KENZOを担当した歴代デザイナー

KENZOのLVMHの買収は高田賢三本人にとってはいいことではありませんでしたが、日本のブランドが世界最大のファッショングループに買収されるということはその価値が認められてのことです。

そしてKENZOにはさまざま有名デザイナーがデザインを担当しています。

それぞれ見ていきましょう。

ジル・ロズィエ

高田賢三退任後のレディースを担当。

クリスチャン ディオール、ジャンポール・ゴルチエなどを経験したフランス人デザイナーです。

アントニオ・マラス

イタリア出身のデザイナー。

就任当時とても人気があるデザイナーだったので話題になりましたね。

管理人も好きなデザイナーの一人でした。

花柄など華やかな素材使いが特徴です。

ウンベルト・リオン/キャロル・リム

オープニングセレモニー創業者二人が2012年よりデザインを担当。

最近のKENZOの知名度の向上はこの二人の貢献があってのことでしょう。

2019年に退任。

フェリペ・オリヴェイラ・バティスタ

KENZOの現クリエイティブディレクターでポルトガル出身。

世界的な有名なファッションコンテストであるイエール国際モード・フェスティバルでグランプリを受賞。

Uniqlo Uで有名なクリストフ ルメールなどで働きラコステのデザイナーなども勤めた。

KENZOをより知るために

先日発売されたのがこの「高田賢三 ファッションデザイン画アーカイブス」です。

手描きのファッションデザイン画を300点以上収録という贅沢な内容。

ファッションデザイナーを目指している方にはおすすめの一冊です。

まとめ

今回は日本を代表するブランドKENZOと創設者である高田賢三について解説しました。

この記事を書いたことで高田賢三というデザイナーがいかにすごいことを成し遂げてきたかを再認識するいい機会になりました。

日本には他にも偉大なファッションデザイナーたくさんいますので別の機会に紹介させていただきます。

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